
夕方。突然の強い雨に、湊は図書館の軒先へ駆け込んだ。
そこには、いつものように遥斗が立っていた。
「……また雨、か」
「うん。君も濡れたね」
初めて声をかけられ、湊の心臓がひとつ跳ねた。
雨の音に溶けるように、ふたりは並んで立った。
距離、たったの30センチ。
「ずっと気になってたんだ」
「へ…なにを?」
遥斗は少し俯いて、言葉を選ぶように続けた。
「雨の日だけ図書館に来て、窓際で小説読んでる君。
その…静かに笑ったり眉寄せたりしてるのが、なんか好きで」
湊は耳まで赤くなった。
「そ、そんな…観察して…」
「ごめん。気づかれないようにしてたつもりなんだけど」
遥斗は照れたように喉を鳴らした。
雨は止む気配を見せない。
ふたりの間に流れていた沈黙が、なぜか少し暖かかった。
「……じゃあさ」
湊が小さくつぶやいた。
「今日も、見てた?」
「うん。君が濡れた髪を手でかきあげてたの、かわ…」
遥斗は言いかけて口をつぐんだ。
湊の胸が、ぎゅっと熱くなる。
「……10センチだけ、近づいてもいい?」
遥斗が、迷いながら手を伸ばした。
湊は答えられない。
でも、足が勝手に前へ進んでいた。
二人の距離――あと10センチ。
雨音がやわらかく包む中、遥斗がそっと湊の頬に触れた。
「これ以上好きになるの、止められない」
「……だったら、止めなくていいよ」
触れ合う一瞬、ふたりの呼吸が重なる。
雨はまだ降っているのに、世界が静かになった。
初めてのキスは、雨の匂いのする甘い音。
それだけで、湊はようやく気づいた。
――雨の日に図書館へ行っていたのは、
本が好きだからじゃなくて、
「彼がいるかもしれない」
その期待が理由だったことに。
雨が止むころ、ふたりは並んで歩き出す。
距離はもう、0センチのまま。


